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シンポジウム/夏期セミナー

2018年シンポジウム・夏期セミナーのご案内

総合テーマ:
「テキストを成り立たせる世界—八世紀のテキストから—」

【趣旨説明】

八世紀は史書・歌集・仏書など様々なテキストが編纂され、具体的に現れてくる時代である。従来これらのテキストはそれぞれに一つの完結した世界を形づくるものとして捉えられてきた。しかし、テキストのありようをそのような自己完結的なものとすることができるだろうか。無論、編纂意図や目的を持たないまま作られるテキストは存在しない。ただテキストは織物であることを踏まえるならば、編者の意図を超えて否応なく織り込まれてしまうものがあるはずである。織り込まれたもの一つ一つがそれぞれに原コンテクストと結びついている。そこには個々の原コンテクストを見出す視座があり、それぞれの視座もまた相互に関わり合いながらテキストを成り立たせている。そうした多角的な視座によって成り立つ世界を、テキストを通して解き明かしてみよう。

シンポジウム

日時:6月30日(土)13:00〜17:30

場所:共立女子大学 本館1010教室

パネリスト・題目:
呉哲男「後期万葉におけるセクシュアリティの行方」
津田博幸「『続日本紀』と宣命引用」
冨樫進「 文殊信仰をめぐる行基菩薩像形成史――『日本霊異記』を起点として」

司会:山﨑健太

発表要旨:

津田博幸「『続日本紀』と宣命引用」
『続日本紀』は、詔勅や奏聞などの文書を多く引用し、歴史叙述をそれらの原史料に委ねている面がある。八世紀は律令制によって文書行政が導入され社会を覆った時代であるが、そのような「世界」のありかたそれ自体が『続日本紀』というテキストを成り立たせていると言える。その中にあって、同書に引用される宣命はひときわ異彩を放つ。『続日本紀』は漢文の史書だが、宣命は和文で書かれており、しかも、きわめて儀式的な言語表現だからである。宣命の表現は宣読の現場という原コンテキストと密接に絡み合っている。そして、それゆえに、宣命引用は、『続日本紀』の漢文の歴史叙述を切断し、突如として、大和言葉が響く宣読の現場へと、つまり原コンテキストへと読者を拉し去ってしまうように感じられる。この時、テキスト上にどのような「意味の事件」が生じているのか、観察してみたい。

呉哲男「後期万葉におけるセクシュアリティの行方」
万葉集には「我恋ひにけり」に類する表現が頻出しているが、たとえば大伴家持の歌に「朝参の君が姿を見ず久に鄙にし住めば我恋ひにけり」(巻18・4121)というのがあり、一本として「はしきよし妹が姿を」とある。これは宴席での挨拶歌を男性用と女性用に分けて詠んだものであるが、ここでは「我恋」が本来備えていた他者性が切り捨てられ、同一性に還元されている。つまり「我恋」は限りなくプラトニック化(異性への恋が花鳥や四季の景と同一化)しているのだ。ここに大伴家持と池主が「恋」に落ちる契機があり、かつその反措定として「女歌」があるのだろう。その背景に天平期(八世紀)の文化的成熟という問題が考えられる。

冨樫進「文殊信仰をめぐる行基菩薩像形成史—『日本霊異記』を起点として」
鎌倉時代の律宗僧・叡尊(1201‐1290)忍性(1217‐1303)師弟は、文殊信仰・行基信仰に基づき、南都や鎌倉を拠点に非人や癩者の救済に当たった。彼らが活躍した時期は、生駒山竹林寺にある行基廟から行基の舎利瓶が発掘された(1235)時期にあたり、文殊信仰と一体化した行基信仰が大いに盛り上がりを見せた。東大寺開基に貢献した四名(聖武・良弁・菩提遷那・行基)を顕彰する目的で作成された四聖御影図(1256)において、行基が文殊菩薩の化身として表現されたのは、その象徴的な一例である。
しかし、行基自身が文殊菩薩を信仰していたことを示す史料はない。現存史料において、初めて行基を文殊の化身と見なしたのは『日本霊異記』上巻第五縁である。これは、『行基年譜』や『続日本紀』などの内容が、『霊異記』に収録された他の行基説話や、文殊信仰の功徳を説く『仏説文殊師利般涅槃経』などの経典を介して再解釈され、誕生した言説と考えられる。まずは、日本古代の文殊信仰展開史へ『霊異記』の行基文殊化身説を位置づけるところから始め、文殊信仰と一体化した行基信仰の展開を跡づけていきたい。

 

夏期セミナー

日時:8月22日(水)〜8月24日(金)

会場:箱根千條旅館

会場までのアクセスマップはこちら

参加費用:2万2千円(二泊三日分)

参加申込
事務局(jimukyoku@kodaibungakukai.org)まで御連絡ください。
例会・シンポジウム会場でも受け付けております。

会員以外の方も自由に参加できます。一泊・日帰り等の部分参加も可能です。ふるってご参加ください。

発表者・題目:
猪股ときわ氏「 ヴァリアントとしての古事記 」
佐竹美穂氏「『出雲国風土記』意宇郡母理郷条を読むー大穴持命の位置からー」
鈴木雅裕氏「聖なる空間の創出―『古事記』における雄略朝ー」
松田浩氏「歴史叙述の中の大物主神―『記』『紀』の論理とその〈外部〉をめぐって―」

発表要旨:

鈴木雅裕
「聖なる空間の創出—『古事記』における雄略朝—」
『古事記』雄略朝の冒頭に位置するのは、後に太后となる若日下部王への求婚譚だが、その道中で志幾大県主の家屋をめぐる咎が語られる。従来、権威の象徴である堅魚木の棟上に罰せられる理由が見出されてきたものだが、雄略天皇の発話中にある「天之御舎」、語られる場となる「志幾」という言葉には、単に不敬を咎める物語とするのでは済まされない問題があるように思われる。したがって本発表では、取り上げる二語に付随するコンテクストを見定め、そこから当該物語を含む太后求婚譚によって開示される様相を明かしてみたい。

佐竹美穂
「『出雲国風土記』意宇郡母理郷条を読む—大穴持命の位置から—」
『出雲国風土記』意宇郡に見える母理郷の説話は、「国譲り」を出雲の側から語ったものとされている。「大穴持命」に「皇御孫命」にまさる権威があるように記述し、出雲一国のみは「大穴持命」の所領地とすると書かれることなどから、出雲側の主張が込められていると解釈されてきた。本文を検討していくと、記紀の国譲りとは異なる言説のなかに『日本書紀』・『古事記』・「出雲国造神賀詞」にも通じる、祭られ鎮まる神である大穴持命像を見ることができる。「世」、「玉」などの語をキーワードに本文を分析し、さらに記・紀・神賀詞のオホナムチ命像との比較検討を通して、母理の郷条を成り立たせている世界について考察する。

猪股ときわ
「ヴァリアントとしての『古事記』—海神宮訪問譚の神と人とワニ」
『記』のトヨタマビメの出産を含む海神宮訪問譚は原テクストたる「失われた釣り鉤」型神話—海神との対称的な関係を結び、始祖の誕生へ至るーに変換や転換を加え、地上の支配者たる初代天皇を誕生させる王権神話に組み替えていると指摘される。しかし、神統譜と皇統譜とを連続させる王権神話への転換・変換じたいの中に、対称性の論理(野生の思考)が孕まれてしまっている。一見、圧倒的な「天」の優位性を前提として語られているかのような海神宮訪問譚が「神でもある人」という矛盾を孕んだ存在(天皇)を現前させようとするとき、話の枠組みにいかに垂直軸を持ち込もうと、その語り口じたいが、野生の思考を呼び込んでしまうのではないか。

松田浩
「歴史叙述の中の大物主神—『記』『紀』の論理とその〈外部〉をめぐって—」
崇神天皇の御世に三輪山に祭祀された大物主の酒との関係に注目すると、『記』『紀』において以下の相違が見いだされる。『紀』においては高橋邑活日なる人物を「掌酒」と定め、三輪の地の祭祀空間において「大物主の醸みし神酒」と歌うことによって、王権の側が大物主神を酒神として定位する。対する『古事記』では、大物主神の酒神的性質は、大物主神から意富多多泥古への系譜の中に建甕槌命などの神名を以て刻印される。こうした相違を孕みながらも、両者には大物主祭祀を語るに際して抗いがたく酒との繋がりが表れる。それぞれの書物がいかなる論理をもってそのことと向き合ったのか、この点を論じることとしたい。

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