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シンポジウム/夏期セミナー

2019年シンポジウム・夏期セミナーのご案内

総合テーマ:
「テキストに書かれた歌複数のコンテクストが出会う場所

【趣旨説明】

古代文学会ではこの数年、「ヴァリアントの古代」を始めとした幾つかのテーマを通して、テキストを自己完結した世界としてとらえるのではなく、様々なコンテクストを抱えるものとしてとらえ直すことを試みてきた。この議論をより焦点化させるため、今年度は複数のコンテクストの結節点である歌をとりあげ、テキストが抱えるコンテクストの複層性をとらえたい。歌は、歌集における題詞・左注、歌本文の歌語、歌が置かれた散文など、複数のコンテクストが出会う場所としてある。
そのような歌という対象をとりあげることで、複数のコンテクストを抱えたテキストがいかにとらえられるのかを考えていきたい。

シンポジウム

日時201976日(土)1300-1800
場所:共立女子大学 神田一ツ橋キャンパス本館1010教室
パネリスト・題目:
品田悦一 氏「万葉集に書き込まれた長屋王事件の痕跡」
鈴木宏子 氏「『土佐日記』を読む――亡児哀傷と都へ帰る女――」
松田浩 氏「「斉明紀」建王挽歌考―歌のコンテクストと歴史叙述のコンテクスト―」
※題目が一部変更となりました。

発表要旨

鈴木宏子氏 『土佐日記』を読む―亡児哀傷と都へ帰る女― 
『土佐日記』は五十五日間に及ぶ帰京の船旅を綴った作品であり、「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。それの年の師走の二十日あまり一日の日の、戌の時に門出す。そのよし、いささかものに書きつく」という冒頭と「忘れがたく、口惜しきこと多かれど、え尽くさず。とまれかうまれ、とく破りてむ」という結びのあいだに、旅立ちから帰邸までの日々の記録が連なる、という形態を持つ。つまり、始めと終わりの枠組みが定められた作品なのだが、「その日に起きたこと」あるいは「その日に考えたこと」でさえあれば、一日単位のセルの中にさまざまな内容を書き込む自由さも確保されている。事実『土佐日記』の中には多様な要素が盛り込まれているが、その中でも読者に強い印象を与えるであろうものの一つに、六回にわたってくり返される「亡児哀傷」の思いがある。『土佐日記』には、どうして「亡児哀傷」が書かれるのだろうか?作者紀貫之が現実に土佐で幼い娘を亡くしたことの反映である、あるいはまた、老境にさしかかった貫之が土佐守在任中に経験した喪失感や死の意識を象徴する虚構である、などの見方がなされてきた。本発表ではこの問題について、貫之が『古今集』の撰者であったことを念頭において、羇旅(羈旅)の文学の歴史をふり返りつつ、『古今集』「原・伊勢物語」『万葉集』等の複数のテキストを関わらせて、考察してみたい。結論から言えば、一見旅の主題とは無関係にも思われる「亡児哀傷」は、女性筆者の意識によって統括された旅の文学である『土佐日記』を成り立たせる上で、必要不可欠なものである――それが本発表の趣旨である。

品田悦一氏 『万葉集』巻四に書き込まれた長屋王事件の影
『万葉集』をテキストとして取り扱う立場に立つと、従来の作者論/歌人論や作品論の立場が素通りしてきたさまざまなことがらに突き当たる。長屋王事件に関する沈黙の批評が随所に仕組まれていることもその一例といえるだろう。私はそのことを巻六および巻五・巻三に関してすでに指摘したが(昨年度四月東京大学国語国文学会・上代文学会七月例会、「短歌研究」二〇一九年五月号・七月号)、同様の指摘は巻四に関しても可能だと思う。相聞歌巻であるとの理由から政治から遠い世界であることを自明視されてきた同巻ではあるが、その実、歌々の行間に長屋王の悲劇を読み取り、事件の裏面を語るものとして歌を読み解くよう読者に要請している。民部卿に選任した丹比県守に大伴旅人が贈った一首(五五五)を手がかりに、大伴三依と賀茂女王の四首(五五二・五五六・五六五・五七八)の読みを掘り下げ、よってもって右の要請に応えたいと思う。

松田浩氏 「斉明紀」建王挽歌考―歌のコンテクストと歴史叙述のコンテクスト―
 『日本書紀』巻二十六「斉明紀」四年五月条および一〇月条には、斉明天皇が八歳にて夭逝した皇孫建王を悼み悲しんで歌ったという歌がそれぞれ三首ずつ掲載されている(紀歌謡116~118、119~121)。『日本書紀』は、前者が建王の殯の際に歌われ、後者が紀温湯行幸時に歌われたと記すが、その記述と歌々とによって描かれる歴史叙述の内容に目を向けるとそれぞれが創り出す建王像や、そのゆかりの地とされる今城という地名の形象のされ方に相違が見出される。例えば、建王は、五月条において「若くありきと吾が思はなくに」と歌われ、「器重」なる存在として形象されるのに対して、十月条では「うつくしき吾が若き子」と歌われる。また、前者で殯宮の地として語られる今城は、後者で「おもしろき今城」と思い起こされる。本発表では、こうした齟齬とも見える相違が、同じ斉明紀の連続した歴史叙述として描かれるありかたを念頭に置きつつ、そこで歌われる歌々が『万葉集』の相聞歌・挽歌との著しい類歌関係を持っていることに注目する。そしてその点に、それぞれの歌がコンテクストとしての万葉歌を抱えながら歴史叙述のコンテクストの形成に参与している様態を明らかにしたい。

夏期セミナー

日時:8月21日(水)〜8月23日(金)
会場:箱根千條旅館(会場までのアクセスマップはこちら。)
参加費用:2万2千円(二泊三日分)
参加申込
事務局(jimukyoku@kodaibungakukai.org)まで御連絡ください。
例会・シンポジウム会場でも受け付けております。
会員以外の方も自由に参加できます。一泊・日帰り等の部分参加も可能です。ふるってご参加ください。

発表者・題目:
石川久美子 氏「大和物語の右近の歌」
茂野智大 氏「長歌と反歌のコンテクスト――「天雲の影さへ見ゆる」の歌攷――」
清水明美 氏「物を語ろうとする歌と漢文体」
山崎健太 氏「『日本書紀』歌歴史叙述の方法について」



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