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シンポジウム/夏期セミナー

2022年シンポジウム・夏期セミナーのご案内

 古代文学会では、現在の東京都内での新型コロナウィルス感染の状況に鑑み、シンポジウムをオンラインで開催いたします。
 Zoomの登録機能を利用します。ご参加を希望される方は、以下のリンクから参加登録をお願いいたします。

https://nihon-u-ac-jp.zoom.us/meeting/register/tZYkd-qqrjsjGNbrfD4akhDSg2Mu2Lj3fSJl

参加登録を行うと、登録の際に入力されたメールアドレスに、参加用URLが記載されたメールが届きます。参加手順の概要は以下の通りです。

①上記URLより参加登録ページに移動し登録

②参加方法と発表資料入手方法が記載されたメールが届く

③メールに記載されたURLから発表資料をダウンロード(シンポジウム前日午前中にアップロード予定)

④開催時間にメールに記載された参加URLリンクをクリックして参加

総合テーマ:「「開かれた」テキストへ」

趣旨説明

テキストは、様々なコンテキストをその内部に引き込むとともに、それ自体が外部へと開かれており、更新されつつ新たなテキストの生成・変成にも関与していくという動的な性質を持つ。そうした可能性を内在させたものとしてのテキストは、どこに/どのように開かれていることで、何をもたらしているのだろうか。

例えば作中に典拠をもつ表現や固有名が現れる時、否応なく或る共有知に基づいて外部コンテキストが引き込まれることとなる。また一つの作品内部においても、先行する叙述が後に続く叙述やその読みを方向づけることもあろう。あるいは後世、或る作品が注釈や新たなテキストを生じさせつつ、それが作品自体に新たな位置づけや読みをもたらすことも起こり得る。これらの事象は皆、テキスト自体の「開かれた」性質がもたらすあり方の一端だろう。

本年度のシンポジウム・セミナーでは、テキストをめぐる諸現象の前提としてある「開かれた」性質に焦点をあてることにより、古代のテキストの動態に迫ってみたい。

 

シンポジウム

日時:2022年6月25日(土) 13:00~17:30
場所:Zoom(参加登録後、参加用URLを含むメールがZoomより送信されます)

パネリスト・題目:
山﨑 健太「装われる様式―『万葉集』巻十の問題として―」

山田  純「『日本書紀』の「歌」と「史」―「応神紀」十九年「国樔人奏歌」が語る礼制拡大史―」

山本 登朗「『伊勢物語』の変貌と住吉の神」

発表要旨

山﨑 健太「装われる様式―『万葉集』巻十の問題として―」

無記名歌巻における人麻呂歌集と天平期の歌の配置は、人麻呂歌集歌を古、天平期の歌を今とする配置であることは言わずもがなのこととして了解されてきた。しかし人麻呂歌集の歌の持つ表現と、天平期の歌の持つ表現が実際の配置の中でどのように対応するか、テキスト内の問題として論じられてきてはいない。

 発表者は昨年の古代文学会セミナーの席で、巻一〇春雑歌部冒頭の人麻呂歌集歌の七首が春の歌の一つの型を示しており、その型がスライド、拡張されていくことによって春雑歌部の詠物の歌のあり方が用意されていく、巻一〇のテキストとしての展開を天平期の歌の配列に読み解いた。この中では、ある歌が「春の歌であることを保障する表現のあり方」を「春の歌の様式」という言葉で説明するが、巻一〇春雑歌部の様式の根拠は冒頭の人麻呂歌集の配置によって用意されている、ということになる。

 今回の発表ではまず、巻一〇春雑歌部がその人麻呂歌集の配置に用意された様式の展開を示すことで部全体を構成していることを確認する。さらに、その春雑歌部天平期の歌の配置の中で用意された「春の歌の様式」が、続く春相聞部の人麻呂歌集歌のあり方を用意していることを指摘したい。春雑歌部内において人麻呂歌集歌が古い歌として様式を提示し、その様式の展開の中に今の天平期の歌が位置づけられるように見せているというのは、確かに様式の起源の装いの指摘ではあるものの、これまで当然のように考えられていたことの確認とも言えよう。しかし天平期の歌の配置の中で春相聞部人麻呂歌集歌を「春の相聞」たらしめる様式がすでに用意されていることが確かに言えるのであれば、そこに見える様式は起源が装われているという問題にとどまらず、その様式自体がテキストの中にだけ擬制的に用意されたものだといえるのではないか。『万葉集』は、巻一〇というテキストは、あたかも起源を伴って存在するかのように自らの中に構成してみせる様式が、歌の世界という自らの外部に広がっていることを「語って」いるのではないか。そういった擬制の広がりを、開かれたテキストの性質と考えてみたい。

山田  純「『日本書紀』の「歌」と「史」―「応神紀」十九年「国樔人奏歌」が語る礼制拡大史―」

『日本書紀』が「典拠を踏まえた表現」を示すとき、その表現はある種の「検索語」として機能し、その検索語の周辺、すなわち出典の文脈全体の想起を可能にする―ならば、その語の持つ情報量は単にその語義にとどまるまい。『日本書紀』はその限られた字数の中に、出典に用いた漢籍の内容情報が折り畳まれて格納されていると見なければならない。つまり、テキストは膨大な出典漢籍のコンテキストを圧縮して保存しており、それを読むとは圧縮情報の解凍に他ならない、ということである。ただし、解凍すれば読解可能か、というと、それでは不足する事態もある。たとえば、「応神紀」十九年の「国樔人奏歌」は化外の者が朝貢するという周辺文脈をもつ。それは天皇の天下が化外の地にまで拡がった証であると読解することができる。しかし、それを説明しようとすると、どうしても「歌」掲載の意義を論じることができない事態に直面するのである。というのは、同様の効果を得るだけならば、「歌」など掲載せずとも周王朝の「粛慎」来貢記事等を典拠に踏まえるだけで達成されてしまうためである。なれば、なぜ「歌」を掲載したのか、それは「その歌はもとより存在し」、その歌を「記録として掲載し」、結果上記の表現効果がある、というような論旨にならざるをえない。どうしてもテキスト以前の「独立歌謡」の揺曳を振り切ることができないのである。なれば、「史」に「歌」を掲載するその論理から明らかにされなければなるまい。表現とそれを支える構造の圧縮情報を解凍する必要がある。単に漢籍の楽論から「歌」を説明するだけではなく、その楽論を踏まえた「史書の論理」までも解凍して、はじめて読解が可能になると見込まれる。この『日本書紀』の論理が明らかにすることは、『日本書紀』が「日本書紀以前」の結晶点として―「日本書紀以前」をコンテキストとして―受容する享受史の一部としての姿を見せることにもなろう。

山本 登朗「『伊勢物語』の変貌と住吉の神」

『伊勢物語』のうち、いくつかの章段の「原型」が『古今集』以前に存在し、その後さまざまな増補改変が行われて現在の『伊勢物語』に至ったことは、すでに定説となっている。それらの増補や改変によって『伊勢物語』はその姿を大きく変えたと考えられるが、今回は『伊勢物語』の中でもきわめて特異な章段である第一一七段に注目し、他の章段に見られないその特徴的な内容をめぐって、伝本間の本文異同も含めて考え、さらに、この章段の誕生がもたらした大きな影響について考察してみたい。

第一一七段では、「住吉」に行幸した帝の前に「おほん神」がその姿を現し、帝(あるいは供奉していた主人公・在原業平)から贈られた歌に対する返歌を詠む。この歌が、『住吉神社神代記』に見える、軽皇子の歌に対して住吉大神が姿を現して返した歌と類似していることはすでに注目されているが、この二首の詠歌の関係、さらには住吉の神の登場が『伊勢物語』にとってどのような意味を持つかについて、あらためて考察したい。

鎌倉時代に成立したと考えられる『伊勢物語』の秘伝的注釈のひとつ『和歌知顕集』は、源経信の作を装った偽書だが、住吉神社に参詣した経信と、その前に現れた、住吉の神を思わせる「あやしき翁」との問答が、そのまま内容となっている。この設定が『伊勢物語』第一一七段をふまえて作られたものであることは、容易に想像される。

続いて成立した歌学秘伝書『玉伝神秘巻』はさまざまな和歌口伝の集成であり、『和歌知顕集』等から受け継がれた内容も含まれているが、そこでは、実は住吉の神の化身であった在原業平が、住吉の神から「玉伝」という秘伝を授かり、それを伊勢大神宮に伝えたことが述べられている。この伝授の系譜は、『伊勢物語』第一一七段に加え、伊勢の斎宮と主人公の一夜の契りを述べる第六九段の内容を利用して作られたものと考えられる。

和歌と神々にまつわるさまざまな秘伝に、『伊勢物語』第一一七段が深くかかわっていることを確認したい。

夏期セミナー

日時:8月19日(金)13:00~18:00 8月20日(土)10:00~18:00

場所:Zoom(参加登録後、参加用URLを含むメールがZoomより送信されます)
参加申込:以下のリンクから参加登録をお願いいたします。

https://nihon-u-ac-jp.zoom.us/meeting/register/tZ0kcu6orjgoHNQFjg-PfyQqHSl78MO6hZX3

登録後、参加方法と発表資料入手方法が記載されたメールが届きます。発表資料については、メールに記載されたURLからダウンロードすることができます(発表資料は、セミナー前日午前中にアップロードを予定しております)。

 

発表者・題目:

鈴木 雅裕「ヲロチをめぐる知の組み替え」

長谷川豊輝「『丹後国風土記』逸文「浦島子」序文考」

藤本  誠「古代日本の「孝子」受容と地域社会の法会―『東大寺諷誦文稿』を中心として―」

三品 泰子「歌の枕詞序詞と説話文―『古事記』大山守命反乱条の生成・変成―」

発表要旨

鈴木 雅裕「ヲロチをめぐる知の組み替え」

『古事記』・『日本書紀』に載せられる「大蛇退治」は、物語性とも相俟って種々の媒体を通じて人口に膾炙している。また、当該神話の研究は、登場する神々やヲロチについての個別的な研究から、成立、作品上の意味づけなど、多岐にわたって論及が積み重ねられてきた。その中で、採り上げるべき問題の一つに『古事記』内での「遠呂知(智)」・「蛇」という表記上の区別がある。つとに西宮一民が「語りの問題」とし、以降はその区別を有意味のものとして捉えることが通説となっている。作品内で考えれば妥当なものと思われるが、読者を意識した「語りの方法」が取られる由縁をどこに求めるかという別の問題が浮上してこよう。さらに、この「語り」が成り立つとする時、一字一音表記を取らずに「大蛇・蛇」で一貫する『日本書紀』をどのように考えるべきだろうか。本発表では、上記の問題につき、「開かれたテキストへ」という視座と関わらせながら考えてみたい。

長谷川豊輝「『丹後国風土記』逸文「浦島子」序文考」

本発表では『丹後国風土記』逸文「浦島子」の記事を対象とし、その序文の構成と機能を検討することで、本記事が「開かれた」ものであることを明らかにすることを試みる。

飯泉健司は前年のシンポジウムにて、所謂風土記類文書が中央と地方の循環関係により成ることを説いた(「鄙と都の「知」――風土記類文書の時空」『古代文学』61号)。本発表では、風土記類文書が持つ斯様なありようをテキストが「開かれた」という問題に置き換え、次の順で検討を行う。

  • 島子の超越性が、八世紀の語(=「風流」)により記されている点。
  • 右の記述が、中央の共有知(=「所謂〜」)と接続されている点。
  • これらの記述が、「伊預部馬養」という固有名により補償されている点。
  • 「浦島子」の記事は、『釈日本紀』における注記の営みの中で捉えなければならない点。

 知的台座・歌・共有知といった近年のテーマを引き受けつつ、これらがテキストを「開かれた」ものにしていくさまを確認してみたい。

藤本  誠「古代日本の「孝子」受容と地域社会の法会―『東大寺諷誦文稿』を中心として―」

古代日本の「孝子」受容については、日本古代史研究において、『養老賦役令』17孝子順孫条や、六国史にみえる孝子・節婦等の顕彰記事を中心に考察され、総じて律令国家による儒教的イデオロギー政策として位置づけられてきた。その一方で、法会の説法の手控えと関わる史料とされる『東大寺諷誦文稿』にも、中国の孝子・孝女の記述がみえることについては早くから指摘されてきたが、これまでの研究では、在地社会の法会で孝子伝的内容が語られることの意味や、『東大寺諷誦文稿』の史料性との関わりについては、必ずしも十分に論じられてこなかった。本報告では、『東大寺諷誦文稿』の孝子伝的記述を手がかりとして、関連諸史料についても考察を加えることにより、古代日本の地域社会における孝子や孝養の知識についての受容と仏教との関係を検討するとともに、地域社会における法会の構造や『東大寺諷誦文稿』の史料的特質の問題についても考えてみたい。

三品 泰子「歌の枕詞序詞と説話文―『古事記』大山守命反乱条の生成・変成―」

 『古事記』中巻終わりの宇遅能和紀郎子と大山守命との皇位をめぐる戦いでは、双方の王が歌い、敗者の死の由来を語る地名起源もある。また、どちらか一方が相手を騙すのではなく、双方が相手を騙す。相手を騙すために双方の王は、兵を背後に置いて自ら単身で敵軍の中に乗り込んで行き、中間地点で一対一になる。これより前の皇位をめぐる戦いでは、建波邇安王の場合は地名起源があり、忍熊王の場合は敗者が歌う。言向の戦いにまで広げると、神武の宇陀・忍坂の戦いでは勝者の歌と地名起源があり、倭建と出雲建の一対一の戦いでは勝者が歌う。いずれの戦いにも騙しがあるが、一方が相手を騙す。このように宇遅能和紀郎子と大山守命との戦いには、『古事記』中巻の先行する戦いに見られる様式が、予兆の歌の他はすべて注ぎ込まれ、双方のものが悉く揃っているのである。

本発表では、中巻の戦いの話の累積のなかで起きる生成・変成を、テキストの動的で「開かれた」性質として考える。話の核は上記のような様式によって語られるし、歌においては枕詞序詞がそれに当たる。大山守命は「ちはやぶる 宇治の渡に」と歌い始め、宇遅能和紀郎子は「ちはやひと 宇治の渡に 渡り瀬に 立てる 梓弓檀 い伐らむと … い取らむと」という序詞の歌をうたう(『日本書紀』では二首とも「ちはやひと 宇治の渡に」)。枕詞序詞がずれながら対応するこの二首の歌において、一方で説話文の言葉を歌のなかに反映させ、説話文のコンテクストを引き込みつつ、それが歌の言葉になったときに、戦いそのものがそこで生成・変成して神話的に立ち上がっていくところを見ていきたい。



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